進化しつづける肺炎球菌ワクチン

 肺炎球菌とヒブは、子どもの重症細菌感染症の原因の大半を占める菌です。私が20年前に小児科医になった時は、救急外来で、年に数人は、肺炎球菌やヒブの髄膜炎にかかる子どもに出会いました。昼夜を問わず大急ぎで入院治療にとりかかったものです。現在は全ての赤ちゃんが予防接種を受けるようになったので、子どもの髄膜炎をみる機会は少なくなりました。ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンは、多くの子どもの命を救った、小児医療の世界を変えたワクチンといってよいでしょう。

 肺炎球菌は97種類の型があります。従来、定期接種で使用されている肺炎球菌ワクチンは、そのうちの13種類に対応している13価ワクチン(商品名:プレベナー13)でした。しかし、ワクチンに含まれていない型の肺炎球菌への感染が増えており、引き続き新しいワクチンの開発が進められています。2024年度からは15価ワクチン(商品名:バクニュバンス)が乳児の定期接種に使用できるようになりました。

肺炎球菌は子どもの敗血症・髄膜炎の原因となる

 肺炎球菌は、子どもの鼻やのどに住み着きます。保育園で集団生活を送っている乳児だと、2~6割くらいの頻度で、鼻やのどから肺炎球菌が検出されます。住み着いているだけなら、特に害はありません。しかし、風邪をひいて、鼻やのどの粘膜に小さな傷ができたり、痰が増えて咳で痰を出し切れなくなったりすると、住み着いていた肺炎球菌がここぞとばかりに増え始めます。いわゆる「風邪をこじらせた」状態となり、肺炎球菌による中耳炎、副鼻腔炎、肺炎などを起こすようになります。特に怖いのは、侵襲性肺炎球菌感染症です。肺炎球菌が血液に入り込んで菌血症となり、血流に乗って全身に広がって敗血症となります。さらに、髄膜炎(脳への感染)、骨髄炎、心内膜炎などになると、後遺症が残ることもあります。

 乳児の定期予防接種として肺炎球菌ワクチンが導入される以前は、3歳未満の子どもの菌血症の8割以上が肺炎球菌によるものでした。

生後2ヶ月のワクチンデビューは遅れないように!

 肺炎球菌ワクチンは乳児の定期接種となっています。現在は、生後2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月で合計3回の接種を行い、さらに1歳時に追加接種を行うことになっています。

 侵襲性肺炎球菌感染症を予防するには、肺炎球菌が子どもの鼻やのどに住み着きはじめる生後6ヶ月までに、肺炎球菌ワクチンを接種しないといけません。“生後2ヶ月のワクチンデビュー”はとっても大切です。

2024年4月から、15価肺炎球菌ワクチンが導入された

 肺炎球菌ワクチンは、日本では2010年に7価ワクチンが導入され(海外では2000年から使用可能だった)、2013年から13価ワクチンに切り替わりました。2021年に15価ワクチンが開発され、2024年4月からは定期接種も15価ワクチンに切り替わりました。

 肺炎球菌は、莢膜多糖体という厚い膜に覆われており、その膜に表面にある多糖体の種類によって97種類の型があります。7価肺炎球菌ワクチンは、そのうち重い感染を起こす頻度の高い、7種類の型(4, 6B, 9V, 14, 18C, 19F, 23F)に効果がありました。導入により、侵襲性肺炎球菌感染症は9割ほど減少するという劇的な効果がありました。しかし、7価ワクチンが対応していない型の肺炎球菌による感染症が増えてくるようになり、さらに6種類の型(1, 3, 5, 6A, 7F, 19A)にも効果がある13価ワクチンが開発されたのです。

 新たに導入された15価ワクチンには、追加で2種類の型(22F, 33F)にも対応しています。それだけでなく、13価ワクチンで効果が低かった3型への効果も高められています。2024年4月以降は、小児の定期予防接種には15価ワクチンを使用しています。

Q&Aコーナー

Q:23価肺炎球菌ワクチンと13価/15価肺炎球菌ワクチンの違いは何ですか?

A:23価肺炎球菌ワクチン(商品名:ニューモバックス)は、高齢者の定期接種に用いられています。乳児に接種することはできません。
 肺炎球菌は、高齢者の肺炎の主要な原因となっており、乳児だけでなく、高齢者にとっても危険です。65歳になった高齢者を対象に定期接種として23価肺炎球菌ワクチンを1回接種することになっています。その後も5年ごとに接種することが推奨されます(ただし全額自費になります)。13価/15価肺炎球菌ワクチンは、T細胞を活性化して強力な免疫を付けます。しかし、23価肺炎球菌ワクチンはT細胞を活性化させないため、効果が弱いのです。したがって乳児に接種しても無効であり、また高齢者に対しても5年ごとの接種が必要なのです。

Q:肺炎球菌による肺炎や中耳炎はどのように治療するのですか?

A:肺炎や中耳炎は抗菌薬の内服で治療できます。肺や中耳には抗菌薬が届きやすいので、アモキシシリンなどのペニシリン系の抗菌薬を内服すれば、十分に効果が得られます。これに対して、抗菌薬は中枢神経には行き渡りにくいため、髄膜炎の場合は抗菌薬を注射する必要があります。
 子どもの気管支炎、肺炎や中耳炎の大半はウイルス性です。風邪症状の子どもに、闇雲に抗菌薬を投与することはつつしまなくてはなりません。日本では、マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシンやアジスロマイシン)が多用されているため、肺炎球菌の多くでマクロライド系抗菌薬が効かなくなってしまいました。肺炎のうち、原因が肺炎球菌なのは5%未満に過ぎません。中耳炎の場合は報告にもよりますが3~6割が肺炎球菌によるものです。経過をみながら、抗菌薬が必要かを判断します。

Q:無脾症の子どもで、肺炎球菌感染が重症化しやすいのはなぜですか?

A:肺炎球菌は、莢膜多糖体という厚い膜に覆われています。このような細菌を除去するには、脾臓で作られるIgM抗体が不可欠です。そのため、先天的に脾臓がない無脾症のお子さんは、肺炎球菌に感染すると重症化しやすいのです。無脾症のお子さんも、生後2ヶ月から、15価肺炎球菌ワクチンの定期接種をきちんと受けましょう。2歳になったら、23価肺炎球菌ワクチンも接種することで、さらに多くの型の肺炎球菌から子どもを守ることができます。
 莢膜多糖体に覆われた細菌には、肺炎球菌のほかにも、髄膜炎菌やヒブがあります。これらの細菌感染も、無脾症の患者さんにとっては極めて重症化しやすいです。幸い、肺炎球菌とヒブに対するワクチンは、赤ちゃんの定期接種の対象になっています。無脾症の患者さんは、2歳を過ぎたら、髄膜炎菌ワクチン(商品名:メンクアッドフィ)も接種しましょう。

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