子どものRSウイルス感染症

 RSウイルスは、毎年、主に秋から冬にかけて流行する呼吸器感染を起こすウイルスです。年長児では風邪と大差ない症状ですが、乳児は重症になりやすく、喘息のようなゼーゼーとした苦しそうな呼吸をします。特効薬はなく、かかってしまった場合、対症療法を行うことになります。最近になって、重症化予防のための新しい薬が相次いで開発されました。近い将来には、細気管支炎で苦しむ赤ちゃんが減ることが期待できそうです。

RSウイルスは毎年流行し、何回でもかかる!

 RSウイルス感染症は、子供たちの間で、毎年のように流行を繰り返します。2歳までにほとんどの子どもがRSウイルスに感染します。その後も何度も再感染しますが、再感染のたびに重症度は下がっていきます。

 RSウイルス感染症は、一度かかっても免疫が維持されず、何回でもかかります。それは、(1) RSウイルスが気道の表面の細胞にしか感染しない、(2) RSウイルスの表面にある蛋白質が感染後に形を変化させる、などの理由により、RSウイルスに感染しても強い免疫記憶が得られないためです。感染から1年後には、抗体価がピーク時の1/4以下に下がってしまうのです。

乳児では細気管支炎を起こして重症化する

 過去に感染したことがあれば、多少は抗体を持っているので、RSウイルスに感染しても軽症ですみます。大きなお子さんでは症状は風邪と区別が付かない程度の軽症が多いです。しかし、乳児が初めてRSウイルスに感染すると、細気管支炎を起こします。鼻水や痰といった分泌物が増え、下気道が分泌物で詰まった状態となり、ゼーゼーした苦しそうな呼吸をします。7~12日くらいは症状が続きます。無呼吸(呼吸が数秒~10数秒止まる)となることもあります。重症化して、入院が必要なことも珍しくありません。治っても、風邪をひくたびにゼーゼーしやすい状態が持続する点にも注意が必要です。

 RSウイルスにかかっても十分な免疫が維持されないので、当然、お母さんから受け継いだ抗体では乳児を十分に感染から防御できません。RSウイルスは、生後1ヶ月~6ヶ月でもかかることがあり、しかも、最も重症化しやすいです。特に早産で生まれたり先天性心疾患がある乳児がかかると命にかかわります。

 RSウイルス感染症には特効薬はありません。かかってしまった場合、対症療法を行うことになります。麻疹や風疹などのように乳児に有効なワクチンも残念ながらありません。

RSウイルスの重症化予防薬「シナジス」

 2001年に、RSウイルス感染症の重症化を予防するパリビズマブ(商品名:シナジス)という注射薬が発売されました。これは、子ども全員が受ける通常の予防接種と異なり、先天性心疾患や早産など、RSウイルス感染症にかかると命に関わる可能性が高い乳児だけが対象になっています。シナジスは効果が1ヶ月しか持続しません。冬の間(おおむね9月~翌年3月)、毎月1回、注射する必要があります。

RSウイルスの新しい重症化予防薬が続々登場!?

 RSウイルスに対する予防薬は、多くの開発研究がなされており、2024年に入って新しい薬が相次いで承認されました。
 ニルセビマブ(商品名:ベイフォータス)は、シナジスと同様、RSウイルスに対する免疫グロブリンを薬にしたものですが、効果が5ヶ月持続するように改良されています(N Engl J Med 2022;386:837, N Engl J Med 2022;386:892)。1回接種すれば、RSウイルスの流行シーズンにわたって効果が続きますので、シナジスに比べると赤ちゃんへの負担がかなり小さくなります。投与の対象は、シナジスと同様で、先天性心疾患や早産など、RSウイルス感染症にかかると命に関わる可能性が高い乳児に限定されます。
 アブリスボは、母子免疫ワクチンです。妊娠24~36週にお母さんが接種を受けることで、胎児に抗体が移行し、赤ちゃんが生後6ヶ月になるまでRSウイルスによる下気道感染を予防できます(N Engl J Med 2023;388:1451)。
 ベイフォータスもアブリスボも、実際に臨床で使われるのはもう少し先になりそうですが、細気管支炎で苦しむ赤ちゃんが減ることが期待できそうです。

Q&Aコーナー

Q:RSウイルスの「RS」とは何の略ですか?

A:Respiratory Syncytial の略で、日本語に直訳すると「呼吸器合胞体」という意味になります。RSウイルスは、ヒトの気道の線毛上皮細胞に取り付きます。次に、ウイルスの表面にあるF蛋白の働きにより、繊毛上皮細胞の膜に融合して細胞内に侵入します。最初に取り付いた細胞だけでなく、となりの線毛上皮細胞とも次々と融合していくため、細胞が大きな袋のような形となり、これを合胞体とよびます。つまり、RSウイルスに感染した気道の表面には、この合胞体が作られていくため、「呼吸器合胞体(RS)ウイルス」と名付けられたのです。
 F蛋白はRSウイルスの働きに不可欠であり、シナジスは、このF蛋白に対する抗体を誘導してRSウイルスに対抗します。

Q:RSウイルス感染はどのように診断するのですか?

A:乳児のRSウイルス感染症は抗原検査で診断が可能です。しかし、年長児では、すでに抗体が存在することから、RSウイルスに再感染しても、ウイルス量があまり増えません。そのため、年長児以降ではRSウイルス抗原検査の精度は下がってしまいます。
 年長児では重症化する危険が低いこと、RSウイルス感染と診断しても特別な治療法がないことから、年長児に積極的にRSウイルスを調べる意義はありません。RSウイルスの抗原検査を原則として乳児にのみ行うのは、このような理由があるからです。

Q:シナジスはなぜ毎月1回注射する必要があるのですか?

A:人間にウイルスが感染すると、体が防御反応を起こし、そのウイルスだけを認識して攻撃するような免疫グロブリンというタンパク質(抗体とも呼ばれます)を作り出します。私たちの体は、一度免疫グロブリンを作ると、その作り方を記憶しますので、次に同じウイルスに感染した場合には、すぐに免疫グロブリンを作り出して、ウイルスを排除することができます。この仕組みを応用して、病原性が消えるような処理をしたウイルス(これがワクチンです)をあらかじめ注射することで、免疫グロブリンの作り方を体に覚えさせておき、本物のウイルスに感染したときすぐに防御できるようにしたものがワクチンによる予防接種です。
 RSウイルス感染症の重症化予防薬であるシナジスは、通常の予防接種とは異なり、免疫グロブリンそのものを薬にしたものです。残念ながら、体に免疫グロブリンの作り方を覚えさせるわけではないので、効果が1ヶ月しか持続しません。

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